1500グラムの超未熟児だったうちの子が大きくなって思うこと

1500グラムで出産したっていうと、みんなに驚かれる。一ヶ月半も早かったので、内臓と呼吸器がぎりぎり出来たところで、もう外の世界にでてきちゃった。うちの子かなり気が早かった。
 
当時の旦那さんだった人が出演していた小さなコンサートを見に行って、それで、いえ〜い、って力を入れたはずみに破水しちゃったらしく、速攻、切迫早産で入院した。ひと月くらい入院していて、病院のベッドの上で、あ 〜あ、病院は退屈なもんだなと思いながら、いただきもののところてんを食べた。すると、ところてん式とはこのことか、まだ予定日まで1ヶ月半もあるのに、陣痛が始まり、あれよあれよと言う間に、3時間で生まれた。
 

 
1月に生まれて、保育器を出たのが3月、退院をしたのが5月だった。看護婦さんには、母のわたしの代わりに、本当に丁寧に育てていただきました、大感謝です。小さく生まれちゃったものだから、なんでもかんでも遅かったし、できなかった。いちばん心配したのは、ミルクを哺乳瓶から飲めなかったこと。吸う力がなかった。通常、生存のために、どんなに小さな赤ちゃんにも「吸う力」がそなわっているものらしい。でも、うちの子はそれがなかった。吸うことができないもんだから、哺乳瓶の吸い口に、大きな穴を開けて、ミルクを流しこむように飲ませた。あれはなんだったんだろう?その後の、ストローを使うことも、離乳食も普通に食べた。あれは、ただの「ものぐさだったんじゃないか説」も最近では結構有力です。大学病院のえらい先生たちが、「なるほど〜、これは珍しい症例です。ミルクを飲めない子は初めてみました」と言われて、検診の日には大注目の中、ビデオ撮影していただいた。今頃、あのビデオはどうなったんだろう、誰かの役にたったのだろうか、いや、ならなかったでしょう、と懐かしく思い出した。
 
翌年の4月に保育園に入った。すでに、1歳3ヶ月だったが、まだ、はいはいしか出来ず、保育園始まって以来の「まだ歩けない子」の入園だと騒がれた。歩いたのは、1歳半くらいだった。歩くまでの間、ハイハイからつたい歩き、それからよちよち歩きに至るまで、園生活の中で、果敢に歩くことにチャレンジしている姿を、毎日の先生との交換日記の中で、克明に知ることができました。本当に丁寧に丁寧にみていただいた。ちょっと遅れたばっかりに、この子は、まわりのみんなにたっぷり愛されていたんだなあと、こころの底から皆さんの温かさを感じることができました。
 
それから、おしゃべりできたのは、2歳半くらいだったかな。多分、普通の子より1年くらい遅かったんじゃないかと思う。親って、自分の子の発育が、他の子と比べて遅れているんじゃなか、といつも、ついつい比べてしまいがちだと思う。うちの子は、それこそ基本のキのミルクが飲めなかったものだから、最初は心配しまくったけれど、もう、だれかと比べて心配するには、あまりにもできないし、遅れていて、いちいち心配していたら母の身がもたないレベル。なので育児書を見ることをきっぱりやめた。
 
「できない子ほど、かわいい」というだけあって、まわりの方には、これ以上ないくらい可愛がってもらいました。キャラ的に、異常なくらい人懐っこいこどもだったので、誰にでも泣かずに、喜んでついていく。知らない人でも、キャッキャッと声出して笑わせてもらっていました。世の中、うまくできているなあ、と思いました。育児書になんて頼らなくても、病院の先生、保育園の先生、近所の小児科のお医者さん、そして私の両親がいろいろ教えてくれました。いつも助けられながら、一緒に子育てできたなと感じています。中途半端な遅れ方じゃなかったから、遅れて当然だよね、ちっちゃく生まれちゃったんだもん、とむしろ開き直って、比較することなく、成長を見守ることができたんじゃないかな、かえって、よかったと思っています。
 
たしか、おねしょも随分長いキャリアでした。寝る前に、どんなにトイレにいってから寝てもおねしょうが止まらない・・・。本人は、あ〜見えて、結構繊細で気にしていたよう。親の方が「大人になっても、おねしょする人はいないから、大丈夫でしょ」と割り切っていました。そして、6年生になって、おねしょはぴたっと止まった。よかった、よかった。(ホッ)
 
学校では、学年が上がって、担任の先生が変わるたびに、恒例行事のように職員室にお呼ばれしました・お母さん、おたくのお子さんは、窓から外にでるんです、とか、授業中教室から外ばっかり見てて授業を聞いていませんとか、休み時間が終わっているのに、お庭や池から帰ってこないですよ、消防署によってから学校にくるから、遅くなるんですとか。「だから、ちゃんとお母さんから注意をしてください。」って何度も言われた。そう言われると、なんだか先生に悪いことを指摘されていうような複雑な気分になったけれど、「別に悪いことしたわけではないので、やっぱり怒れない。きっとそのうち、なおるでしょ、って思って怒れませんでした。(笑
 
こんな風に、体の発育の遅れに伴って、ほんとうにいろんな心配がありました。そして、もう大学生になって、今年は22歳。2浪したくせに、さらに、取得単位数がかなり足りてなくてやばそう。でも、去年は、バイトもしながら、一人暮らしを始めた。
一緒に住んでいないから、細かいことを言う事が、ほぼなくなった。電話をしても、外で会っても、喧嘩しないし、ゆったり会話ができるようになった。あれほど計画性がなくて、毎月3日目には小遣いを使いはたしていた子が、もう10万円たまったよ、家賃を払わなくちゃいけないから、ちゃんとしなくちゃね、なんていっている。必要になったら、ちゃんと考えてできるもんなんだな、とそれを聞いて安心した。先月、わたしの誕生日に、文房具好きなのを覚えてくれていて、かっこいいボールペンをくれた。試験中で忙しかったはずなのに、うれしいなあ、そんな思いやりのある行動ができるなんて、なーんにも心配いらなかった、と思う。
 

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