たくさん転職して、たどりついた結論

商社の事務→商社の営業→輸入物流→輸出物流→システム管理→システムプロジェクト管理
 
思えば、いろいろな会社で、いろいろな業務を経験してきました。
職務経歴書は、なんと12ページ!
転職しすぎです(笑
 
戦略的に、何年後にこんなことができるようになろう、といったビジョンがあったわけではなく、そのポイントごとに、もっとおもしろそうなことやろう、もっと成長できそうなことやろう、と思って選択を重ねた結果でした。
 

 
子供ができて、離婚をしてからの仕事の原動力は、1にお金、2に自己の成長でした。
自己の成長とは言っても、成長して、認めてもらって、お給料あげたい、みたいなループになるから、結局は、1にお金、2にお金だったかも(笑
よくテレビでやっている、こどもを修学旅行にやるお金がないんです・・・みたいな貧しい母子家庭になるのが怖かったんですよね。
それは、それは、無理してがんばりました。
 
特に、システム関連に変わってからは、仕事はエンドレスに湧き出してくる温泉みたいなもので、かつ、納期との戦いに終わりはなく、次から次へと期限が設定されたタスクを、最高の品質でやりあげたいと思って、とにかく、自身の体力と知力の限界を尽くしました。
 
立ち上げの会社に入った時は、会社はできたてのほやほや、システムはなんにもない、みないな状況のもと、電源を取って使う機器の導入は、すべてシステム担当の仕事っていうくらい広く任せてもらって、ひたすら、てんてこ舞いの毎日で、朝10時からから夜中の1時の終電に駆け込むのは当たり前、朝に明るくなる頃タクシーで帰宅することもしょっちゅうでした。体力がよくもったなあ、精神よく病まなかったなあ、といまだに思いますが、一緒にがんばっていた仲間の存在は大きかったなあと思います。今でも、周りで、インフルがはやろうが、風邪がはやろうが、まったく病気にかからないこのたくましさは、この時培われたかも。
 
なかなか理解し合えないメンバーと一緒に働いていた時は、コミュニケーションに行き詰るたびに、誰もこない非常階段の踊り場で座りこんで泣いてた。悔しさ、怒り、悲しさ、とまどいが入り混じった感情をどうしてよいかわからなかった。ある時、意を決して、あえて正面衝突した。小さなミーティングルームで、二人で号泣しながら気持ちをぶつけ合った。お互いの心の底の思いを吐き出して、共有したら、向いている方向はそれほど違っていないことがわかり、その後次第に笑って仕事ができるようになりました。
 
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思うのは、しんどい経験、最悪の経験ほど、記憶に残り、あとの糧になるということ。
そして、時間の経過はマジックです。渦中にいる時は、死んだほうがましなんじゃないかと思うほど辛いと思うけれど、時間がたって振り返ってみると、
5年もたてば、「あの時は、マジで大変だった、死ぬかと思った、がはは」となり
10年もたてば、「超ウケるんですけど」くらいのもの。
とはいっても、やっぱり悩むんですよね。特に人間関係については。
周りの人にどう思われているのかも気になるし、あの人に比べて自分はできてないなあって、他人と自分を比較して落ち込んでしまうこともあります。
 
どんなに経験を積んでも、まったく同じ場面なんてないわけで、その時々に応じた新しいチャレンジがいつもあります。そこで、どんなにカッコ悪かろうが、ダサかろうが、自分がやったほうがいいと思ったことを主張して、進んで行くしかないんじゃないかと思います。
会社なんて、言ったものがち。無理してリーダーシップ発揮しようなんてしなくてもよくて、「こうすれば、絶対いいと思う。」「こうすれば、お客さんやユーザさんが楽になるはず!いいと思うにきまっている!」という「思い」があれば突き進み、間違ったら、ちょいと怒られちゃうかもしれないけれど、やり直せばよいのです。
 
そして、最近の大発見は、自分が苦手なことは、それほどがんばっても、やっぱりできないということ(笑
そう割り切れたら、できるだけストレートに「〜について教えてほしいんですけど」とか「〜について説明がよくわからなかったから、もう一回教えてください」というのが、はっきりといえるようになり、それが相手に伝わるようになりました。これはおすすめ、力が抜けていい感じでやれます。
 
苦手なことは頑張らない!
よいと思うことは、勇気をだして、がんばって手をだしてみる!
最近は、この二本立てでお仕事しています。
 

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