収入とポジションが一番じゃなかった

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数年前、創業したばかりの会社で働いたことがあります。
ヨーロッパに本社がある会社の日本支社の創設メンバーでした。
創設なので、自分たちのオフィスを作るところからのスタートでした。
「ゼロから作るって、こんなことからあんなことまで決めなくてはいけないんだ!」驚きの連続で、いかにこれまで、誰かが作ってくれた恵まれた環境で仕事ができていたかを思い知りました。

とにかく、仕事量が半端ではなくて、それをこなすスケジュールが超タイト、それまでの人生で、もっとも過酷でした。
 
苦しくなければ、努力していることにならない
楽すれば、価値がないダメ人間になってしまう
 
当時、そんなガチガチ、ドM人間のわたしにとっては、まさに期待通りの環境と仕事で、やる気で熱く燃えていました🔥
大量の仕事と奮闘しているうちに1日が文字どおり「あっ」と言う間に過ぎて行きました。土日も休日出勤。
 
夜になると「おお、終電の時間だ!みんな帰ろう!」と驚く。
会社は表参道にあったのですが、渋谷駅の方が終電の時間がちょっぴり遅かったので、遅い方の終電ギリギリまで仕事をして、みんなで渋谷駅まで猛ダッシュ!
 
学生のころからの憧れていた「国際的な仕事」
毎日ヨーロッパ本社と英語で電話会議して、
海外出張に行って、
昔から目標にしていた年収もらって
目標にしていたポジションにつけて
心からやりがいを感じていたし
充実した毎日でした♪
 
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でも、実際はボロボロでした…
 
時差のあるヨーロッパ本社に合わせた労働時間のため
毎日睡眠不足で目の下はいつもクマがくっきり
膀胱炎で血尿だしながら出勤して
自転車から落ちて骨折しても病院行かずに治しました。
 
常にプレッシャーでイライラしていたし、
心の中は、起きてしまった問題や失敗してしまったことの後悔で、いつも胸の中がいっぱいでした。
否応無しのタイトなスケジュールでリスクを取っていたので、起こる可能性の高い未知の問題の不安に四六時中はらはらしていました。
 
桜の美しい季節、世の中は桜が満開で素晴らしい景色なのに、目で見た美しい情景はまったく心に届かず、美しいと感じることさえできませんでした。
 
休みの日に、映画を見ても、目はスクリーンを追ってはいるものの、心は映画にはなくて、仕事のことばかりをグルングルン考えていました。
 
子供のために働いているはずが、子供との時間はほとんどとれず、気持ちはばらばら。親子ふたりの母子家庭なのに、気持ちは離れ離れで寂しくてたまらなかった。
息子はもっともっと寂しかったと思います。
 
やりがいがある仕事だと思っていたけれど
実は…
全然しあわせじゃなかったんです。
 
そんな日々に限界を感じて、転職をしました。
ある研修に参加したことをきっかけに瞑想に出会いました。
そして、瞑想を始めてからいろんな変化が起き始めました。
 
あれほどどんな時も、過去と未来の不安や心配を行き来して、負の感情の中でくよくよ悩み苦しんでいたのに、もう目の前にない不安を感じることがなくなって来ました。不安がゼロになったわけじゃありません。ただ過去や未来を心配しても仕方がないのだということが、やっとふに落ちて、目の前のことを味わえるようになった。
 
当たり前のことのようですが、わたしにとって、目の前のことを楽しむことができるようになったのは子供の頃以来かもしれません。ただ家族と向かい合って座り、おしゃべりしながら食事をとることが、これほど楽しいことだったのかと、改めて気づかされました。
 
もうひとつ大きな変化だったのは、弱いままの自分でいいと思えるようになったことです。認めてもらおう、評価してもらおう、好かれよう、そういう気持ちで生きて来ました。強くて、デキルひとにならないと、誰にも受け入れられないと思ったから。でも違ったんですね。自分のままでよかった。
 
そう思えるようになったら、
友達からも仕事でも、
池さんて結構ぬけているんですね、とか
今まで、そんな天然の人だとは思いませんでした。
と言われるようになったけれど、それは避難でもないし、嫌われたわけではないし、以前より、人との距離が近くなり、そばにいる人を暖かく感じるようになりました。そんなわたしを受け入れてくれる人にに感謝を感じるし、大切にしたいと思う、そういう気持ちと感情がより関係をよくする行動につながって行くのだと思います。
 

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